2010年12月05日
ゆとり教育の代償?
今日はビックリするくらい快晴でしたね!
嵐の影響で、テニスコートもかなりダメージを受けたところもあったようですけれど・・・
今日は、初めて茅ヶ崎のクラブに行きました。人数は少なかったですが、楽しんで頂けたようでホットしました
さて・・・
『ゆとり教育』の成果ってほとんど耳にしませんが、その代わり『代償』と言わんばかりの悪評は多いですよね。
只でさえ受け身で、自発性に欠けるといわれる日本の教育・・・それをさらに助長するものだと私は思います。
良く言えば「穏やか・・・おっとり」
悪く言えば「積極性、やる気に欠ける」
自分達と数年違うだけで、考え方が全く違います
仕事でも、テニスでも・・・
つまりは『指示待ち人間』が本当に多いですね
何をしたらいいのか解らないという子が多すぎる!
目指すもの、目標を達成するために
『自分には何が必要で、何が足りてないか』???
自分の能力や、自分自身の評価の仕方に誤りがあるか、評価の仕方すら解らないということなのかもしれません
私なんか周りに出来る人が多いおかげ?で、『あれも足りない、これもどうにかしなくちゃ』ってなモノばかりで、それらを取得するために時間がないと焦ってしまうほど・・・
仕事をしながら選手として頑張りたいという私に、コーチは『仕事しながら○○のイメージトレーニングをしろ』『通勤途中に○○をしろ』ってアドバイスしてくれます。だから、電車の中でも周りにばれないように筋肉動かしたりしてます(笑)
そういう隙間時間を出来るだけ使ったとしても・・・
時間なんて足りてないのです・・・
だって・・・みんなも頑張っているのだから。
けれど、最近の子は、焦ることさえ感じれていない。
もしかすると・・・
幼い時期でも、何かに打ち込んでやれたものがある人は、こういう思考が習慣になります。だから、その後の人生で、新しい環境や仕事についても、もちろん違うスポーツを始めたとしても同じ行動をする。自分に足りてないもの、必要なものを分析して、それをどうにかして手に入れようと試みる。
例えば、テニスのコーチになりたい
さて何が必要か???
テニスコートで練習する時間が足りない、思うようにできないから無理なのか・・・?
テニスの技量はあって当たり前だからこそ、それ以外に沢山必要なことがありますよね。むしろ、テニスが上手いだけではコーチにはなれないですよね。
筋力、持久力、知力、コミュニケーション能力、精神力、スポーツに関わる知識、子供の教育の仕方や関わりかたの知識、ラケットやストリングの知識・・・
言い出したらきりがないくらい
自分にはそれが足りているのか?という判断をきちんとできたら、『何をしたらいいかわからない』ということにはならないと思うのです。
例えば、○○について学びたい!
けれどどのように、どこでそれが学べるか、また、どんな方法をとればよいか?というアドバイスを求めることと、
漠然と『だって・・・・何したらいいかわかんないし』っていうのはまるで意味が違うと思うのです
一緒に練習をしている男性がこんなことを言っていました。
『これだけきつい練習をしてると思うと、仕事ももっと頑張れる!と思うからやってる』と。
私は、逆の発想をすることがあります。
『この緊迫した仕事をやり遂げられたら、マッチポイントになったときにはビビらずに打ちにいける!はずさっ』と。
そうやって、メンタルを鍛える・・・・
例えば日々の小さなことでも、考え方ひとつで、仕事にもテニスにもプラスになることがあることを・・・・
ちょっとのんびりしている子達にも感じてほしいなと思うことが多いですね。
足を疲労骨折している時も練習に行って、足を使わなくていいトレーニングをする、右手の指を骨折しても左手だけ練習するためにピアノのレッスンに行く・・・
思うように練習ができないことを『怖い』と思うほど焦りがある人間には、ある意味、当たり前に取る行動なのです。
周りを見ても、同じように何かに打ち込む人は、似たり寄ったりの行動パターンをしているんですよ
実は私が出会った最も慕う2人のコーチは、同じことを口癖のように言います。
苦しい時に休む、人並みに頑張る、負けて感情的になる、ビビって打ちにいけなくなる、時間がない環境がないと言い訳をする・・・
こういうこと全て、『大抵(みんな)の人』がやること。
だからこそ、本当に強くなりたいなら・・・
『人がやらないことをやれ!』と。
この言葉を聞くたびに、その通りだと切に感じ・・・
そんなのんびりな現代っ子達に「使っていない時間を私にくれ~!」と言いたくなります。
嵐の影響で、テニスコートもかなりダメージを受けたところもあったようですけれど・・・
今日は、初めて茅ヶ崎のクラブに行きました。人数は少なかったですが、楽しんで頂けたようでホットしました
さて・・・
『ゆとり教育』の成果ってほとんど耳にしませんが、その代わり『代償』と言わんばかりの悪評は多いですよね。
只でさえ受け身で、自発性に欠けるといわれる日本の教育・・・それをさらに助長するものだと私は思います。
良く言えば「穏やか・・・おっとり」
悪く言えば「積極性、やる気に欠ける」
自分達と数年違うだけで、考え方が全く違います
仕事でも、テニスでも・・・
つまりは『指示待ち人間』が本当に多いですね
何をしたらいいのか解らないという子が多すぎる!
目指すもの、目標を達成するために
『自分には何が必要で、何が足りてないか』???
自分の能力や、自分自身の評価の仕方に誤りがあるか、評価の仕方すら解らないということなのかもしれません
私なんか周りに出来る人が多いおかげ?で、『あれも足りない、これもどうにかしなくちゃ』ってなモノばかりで、それらを取得するために時間がないと焦ってしまうほど・・・
仕事をしながら選手として頑張りたいという私に、コーチは『仕事しながら○○のイメージトレーニングをしろ』『通勤途中に○○をしろ』ってアドバイスしてくれます。だから、電車の中でも周りにばれないように筋肉動かしたりしてます(笑)
そういう隙間時間を出来るだけ使ったとしても・・・
時間なんて足りてないのです・・・
だって・・・みんなも頑張っているのだから。
けれど、最近の子は、焦ることさえ感じれていない。
もしかすると・・・
幼い時期でも、何かに打ち込んでやれたものがある人は、こういう思考が習慣になります。だから、その後の人生で、新しい環境や仕事についても、もちろん違うスポーツを始めたとしても同じ行動をする。自分に足りてないもの、必要なものを分析して、それをどうにかして手に入れようと試みる。
例えば、テニスのコーチになりたい
さて何が必要か???
テニスコートで練習する時間が足りない、思うようにできないから無理なのか・・・?
テニスの技量はあって当たり前だからこそ、それ以外に沢山必要なことがありますよね。むしろ、テニスが上手いだけではコーチにはなれないですよね。
筋力、持久力、知力、コミュニケーション能力、精神力、スポーツに関わる知識、子供の教育の仕方や関わりかたの知識、ラケットやストリングの知識・・・
言い出したらきりがないくらい
自分にはそれが足りているのか?という判断をきちんとできたら、『何をしたらいいかわからない』ということにはならないと思うのです。
例えば、○○について学びたい!
けれどどのように、どこでそれが学べるか、また、どんな方法をとればよいか?というアドバイスを求めることと、
漠然と『だって・・・・何したらいいかわかんないし』っていうのはまるで意味が違うと思うのです
一緒に練習をしている男性がこんなことを言っていました。
『これだけきつい練習をしてると思うと、仕事ももっと頑張れる!と思うからやってる』と。
私は、逆の発想をすることがあります。
『この緊迫した仕事をやり遂げられたら、マッチポイントになったときにはビビらずに打ちにいける!はずさっ』と。
そうやって、メンタルを鍛える・・・・
例えば日々の小さなことでも、考え方ひとつで、仕事にもテニスにもプラスになることがあることを・・・・
ちょっとのんびりしている子達にも感じてほしいなと思うことが多いですね。
足を疲労骨折している時も練習に行って、足を使わなくていいトレーニングをする、右手の指を骨折しても左手だけ練習するためにピアノのレッスンに行く・・・
思うように練習ができないことを『怖い』と思うほど焦りがある人間には、ある意味、当たり前に取る行動なのです。
周りを見ても、同じように何かに打ち込む人は、似たり寄ったりの行動パターンをしているんですよ
実は私が出会った最も慕う2人のコーチは、同じことを口癖のように言います。
苦しい時に休む、人並みに頑張る、負けて感情的になる、ビビって打ちにいけなくなる、時間がない環境がないと言い訳をする・・・
こういうこと全て、『大抵(みんな)の人』がやること。
だからこそ、本当に強くなりたいなら・・・
『人がやらないことをやれ!』と。
この言葉を聞くたびに、その通りだと切に感じ・・・
そんなのんびりな現代っ子達に「使っていない時間を私にくれ~!」と言いたくなります。
投稿者 わかばTS 01:00 | コメント(0)| トラックバック(0)
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